MIT Physics 物性理論(CMT) Qual体験記

1 minute read

Published:

MIT Physics PhDプログラム、物性理論(CMT)専攻のQualを受けてきました。

MIT Physics 物性理論(CMT) Qual体験記

目次

はじめに

私がMIT PhysicsのPhDプログラムに入学してからもうすぐ二年が経ちます。留学当初は初めての一人暮らし&海外暮らしで、英語も正直良くわからず、とにかくてんてこ舞いでした。ただ、本業の物理に関してだけは、学部から直接入学した周りの同級生と比べると、日本で修士をとっていたことが研究経験としてもアドバンテージになりました。また、入学の少し前から今の指導教官にコンタクトをとって少し研究も始めていたおかげで、指導教官もかなり早い段階1で決まり、スムーズに研究を始めることができました。私の場合、船井財団の支援もあったおかげでTAもやる必要がなく2、この二年間の殆どを研究に使うことができました。

ただし、いくら大学院とはいえ、学位を取るためには研究以外にやらなくてはならないこともあります。その中でも最も重要なものの一つがQualです。 アメリカのPhDプログラムは基本的に修博一貫のプログラムで、授与される学位は原則博士のみ(修士はない)ですが、プログラムの途中の一つの大きな節目としてQualifying Exam、通称Qualと呼ばれる試験があります。大雑把にいって、Qual合格は日本でいうところの修士課程修了相当で、Qualに合格すると肩書きも”PhD Student”から”PhD Candidate”に変わります。

Qualの時期は大学やプログラムによってまちまちですが、たいてい二年目で受けることが多いようです。MIT Physicsでは、二年目の終わりか三年目の始めまでに一度は挑戦することが推奨されています。私はこの二年目の終わりのタイミングで受けることにしました。Qualの形式3はPhysics専攻のなかでもさらに専門分野によって変わりますが、特に物性理論(Condensed Matter Theory, CMT)の場合には口頭試問になります。具体的には、教授三人と黒板の前に立たされて、物性理論の問題に黒板上で答えなくてはなりません。

口頭試問によるQualはなかなか怖い経験ではありましたが、同時に貴重な経験でもあります。日本人で大学院留学している人は少ないですし、その中でも物性理論で留学しているという人は更に少数でしょう。未来の誰かの参考になるかもしれませんので、今回は私が受けた物性理論のQualがどんなものだったか書いていこうと思います。私がQual上で出題された物性理論の問題についても書きます。難易度的には日本の修士課程の入学試験程度+αだと思います。腕試しをしたい方もぜひ。

とりあえず問題だけ見たいという方はこちらからどうぞ。

Qualの形式

Committeeと呼ばれるFaculty三人だけがいる教室で、黒板上で物理の問題を解く。Committeeには自身の指導教官は入らない。 出題される問題は全部で4問で、うち1問はQual当日の一週間程度前に、自身の指導教官から問題をもらう。残りの3問は当日その場でCommitteeの三人から一人一問ずつ出題される。問題はAshcroft and Mermin, “Solid State Physics”, Kittel, “Introduction to Solid State Physics”, Kerson Huang, “Introduction to Statistical Physics”のどこからでも出題されうるとされている。

当日はまず指導教官からもらった事前問題についてCommitteeの前で説明し、黒板を使って解答する。その後、Committeeの一人から一つ問題を言い渡され、その場で考えて黒板上で解き、Committeeに向かって説明する。同じCommitteeから関連した複数の問題を与えられたり、解答の途中で質問されたりしながら、出題したCommitteeが答えを認めるまで頑張る。 これをCommittee全員分計三回繰り返す。

出題された問題

私のCommitteeはProf. Leonid Levitov, Prof. Senthil Todadri, Prof. Xiaogang Wenでした。

  1. (指導教官 Prof. Liang Fuからの事前問題)Landau levelとDirac Landau levelにについて、光学伝導度を求めよ。
  2. (Prof. Senthil Todadriからの出題)1次元フォノンの分散を求め、さらに絶対零度でのフォノンの量子ゆらぎを求めよ。
  3. (Prof. Leonid Levitovからの出題)超伝導体における磁束の量子化について説明せよ。
  4. (Prof. Xiaogang Wenからの出題)3.に関連して、もし無理やり量子化していない中途半端な磁束を超伝導体に入れようとすると何が起こるか。二次元の場合に、半端な磁束を入れた場合の計算をせよ。(後段は私の前段への解答を踏まえてのものだったため、もう少し具体的だった。詳細は下記。)

なお、いずれも物理の問題としては色々詳細が不足していますが、適宜自分で必要な問題設定をしてから解く必要があります。

私の解答

問題1(事前問題): Landau levelとDirac Landau levelにについて、光学伝導度を求めよ。

1の事前問題は、私が光学応答の計算をずっとやっていた(これとか)ので指導教官が私に出したものです。さすがに光学応答を計算したことがない人が突然これを言われて計算できるかというと(まあ一週間あればできるかもしれませんが)なかなか大変だと思います。Landau levelについてはKohn’s theoremと光学応答のf-sum ruleを使うと多少楽ができますが、Dirac Landau levelについては気合で久保公式から計算する以外思いつきませんでした(なにか賢い方法があれば教えてください!)。いずれにせよ、なかなかしんどい計算でかつやるだけ感が強いのでここでは省きます。

問題2 : 1次元フォノンの分散を求め、さらに絶対零度でのフォノンの量子ゆらぎを求めよ。

この問題は計算して解くのは簡単なのですが、実は計算する前に答えがわかっていないといけない問題でした(僕は計算してから気づきました汗)。

一次元フォノンの分散は、適当な連結された調和振動子の古典モデル(いわゆるDebyeモデル)を解けばよいです。結晶が自発的に空間並進対称性を破って南部-Goldstoneモードが現れるため、対応して波数k=0の付近に線形分散$\omega_k\propto k$が現れます。

後段の量子ゆらぎについては、実空間の結晶を構成している原子の位置ゆらぎ$\langle (\Delta x)^2\rangle$を計算すればよいです。これは各波数kのモードの量子ゆらぎをすべてのkについて足し合わせればよく、各モードは振動数$\omega_k$の調和振動子だと思えるので、結局量子ゆらぎは

\[\langle (\Delta x)^2 \rangle = \int \frac{dk}{2\pi} \frac{\hbar}{2m\omega_k}\]

で与えられます。

さて、この積分の主な寄与は$\omega_k$が小さい時、すなわち$k=0$付近の線形分散からきます。この寄与は$\int dk 1/k \sim \log k$となって$k=0$付近で発散します。したがって、後段の答えは「発散する」になります。

「発散する」という答えは果たして物理的に何を意味するのでしょうか。これは少し考えるとすぐに、非常に有名な事実、Mermin-Wagnerの定理そのものであることがわかります。Mermin-Wagnerの定理は「二次元以下の古典系では連続対称性は破れない」ことを主張します。これは二次元以下で連続対称性が破れたとすると、対応する南部-Goldstoneモードのギャップレス励起に由来するゆらぎが発散するため(2次元で$\log k_{IR}$, 1次元で$1/k_{IR}$のように発散する。ただし$k_{IR}\to 0$はIRカットオフ)、対応する秩序変数が有限になることと矛盾するからです。今回の例だと量子系の絶対零度ですが、大雑把にいってd-次元の量子系はd+1次元の古典系と同じような振る舞いを示します。したがって、今回の1次元量子系は2次元古典系に対するMermin-Wagnerの定理に対応してゆらぎが発散し、連続対称性の破れは起こりません。上記の計算は、まさにこのゆらぎの発散を計算したことになります。今回の問題設定ははじめから一次元で連続並進対称性が破れているという前提からスタートしましたが、Mermin-Wagnerの定理によればそもそもそんなものはないという話になります。

したがって、Mermin-Wagnerの定理を知っていれば、後段の答えが発散することは計算せずとも直ちにわかる結果だったわけです。

問題3 : 超伝導体における磁束の量子化について説明せよ。

これもよく知られた事実で、超伝導の秩序変数$\psi(x)$の一価性によるものです。よくある説明を繰り返せば良いです。

リング状の超伝導体を考え、磁束がリングを貫いている状況を考えます。超伝導体のリングの厚み(外径と内径の差)が十分に磁場侵入長より長ければ、リングを貫く磁場は超伝導体の内部ではマイスナー効果によって十分に遮蔽されるため、超伝導体の内部ではゼロとみなせます。この超伝導体の十分内部で、超伝導の秩序変数$\psi(x)$がどんな振る舞いをするかを考えましょう。

超伝導体の秩序変数$\psi(x)$はGinzburg-Landau理論によれば次のような運動エネルギーを持ちます:

\[\int dx \frac{1}{2m}|(-i\hbar \nabla-q\vec{A})\psi(x)|^2\]

ここで $m, q$ は $\psi(x)$ が運ぶ質量と電荷です。BCS理論によれば、 $\psi(x)$ の実体はクーパー対の凝縮したものなので、電子の質量$m_e$と電荷$e(<0)$に対して $m=2m_e, q=2e$ で与えられます。系が基底状態にあるとすると、この運動エネルギーが最小の状態、すなわち0の状態が実現されます。 $\psi(x)$ の絶対値は超伝導体の秩序変数で、温度が十分に低く磁場が存在しない超伝導体内部ではほとんど変化しないとみなせるため、超伝導体 $\psi(x)=\psi_0 e^{i\theta(x)}$ は位相 $\theta(x)$ のみ空間依存するとして良いです。このとき、運動エネルギーが0になる条件は、

\[\hbar\nabla\theta = q\vec{A}\]

で与えられます。これをさらにリング状で一周線積分すると、右辺はストークスの定理より超伝導体を貫く磁束$\Phi$を与えます。一方左辺$\nabla\theta$の積分は、 $\psi(x)$ の一価性により、 $2\pi$ の整数倍に量子化します。したがって、磁束$\Phi$は以下のように整数$n$を使って表せます。

\[\Phi = n\phi_0\]

ただし $\phi_0=h/q=h/(2e)$ は量子磁束です。したがって超伝導体を貫く磁束は量子磁束$\phi_0$ の単位で量子化することがわかります。

問題4 : 3.に関連して、もし無理やり量子化していない中途半端な磁束を超伝導体に入れようとすると何が起こるか。二次元の場合に、半端な磁束を入れた場合の計算をせよ。(後段は私の前段への解答を踏まえてのものだったため、もう少し具体的だった。詳細は下記。)

上の計算からわかるとおり、もし無理やり量子化していない中途半端な磁束を入れると、運動エネルギーをゼロにできなくなり、結果そのような状態を作るには非常に大きなエネルギーが必要になります。後段は、このエネルギーを二次元の場合に具体的に計算してみせよ、というものでした。

簡単のため、$\Phi$が0以上$\phi_0$未満である場合を考えましょう。その場合、$\psi(x)$の位相$\theta(x)$ はリングを一周したときに$2\pi \Phi/\phi_0$ だけ回転する必要があります。このような$\theta(x)$のうち、最も運動エネルギーを低くするような$\theta(x)$の分布は、リングの円周方向の角度を$\varphi$として$\theta(x)=(\Phi/\phi_0) \varphi$で与えられます。このときの運動エネルギーは

\[\int d^2x \frac{\hbar^2\psi_0^2 }{2m} (\frac{\Phi}{r\phi_0})^2 = \frac{\hbar^2\psi_0^2 }{2m} 2\pi (\frac{\Phi}{\phi_0})^2 \int_{r_0}^{R} dr \frac{1}{r} \propto \log (R/r_0)\]

ただし$R, r_0$はそれぞれリングの外径、内径です。したがって、系が十分に大きい場合、超伝導体の運動エネルギーは$\log(R/r_0)$で発散することがわかります。これはつまり、もし無理やり量子化していない磁束を超伝導体に入れようとすると、非常に大きなエネルギー($\sim \log(R/r_0)$)を要することを意味します。

おわりに

基本的に、必要以上に複雑な計算をする必要はなく、与えられた問題に対してミニマルな計算をした上で、物理的な解釈をきちんと説明できるかが重視されているという印象でした。上の解答だとスラスラ解いた印象を与えるかもしれませんが、実際は特にフォノンの量子ゆらぎの計算でかなりもたつきましたし、計算して発散したときには結構焦りました。ただ、意外とCommitteeも導いてくれるので、必要以上に不安になる必要もなかったかなと思います。

また、Qualそのものというよりも、その準備のためのStudy groupがいろんな復習になって役に立ちました。反強磁性体・強磁性体のマグノン分散が$k$-linear・$k^2$といった基本的で知っていなければならない話をまとめて復習するいい機会でした。また単純に同期とワイワイ議論するのは楽しかったです。

以上が私が受けたMITのCMTグループにおけるQualの概要になります。少しでも雰囲気が伝わって、大学院留学を検討している人の参考になれば幸いです。

  1. アメリカの物性理論のPhDプログラムは、大学院入学時には物性理論専攻の学生として受け入れられ、指導教官は入学後に決めることが多いです。どの指導教官につくかは極めて”informal”なプロセスで決まるとされます。ようするに、自分で興味のある教授にコンタクトをとって、学生を取る気があるかお伺いを立てつつ自分を売り込まなくてはなりません。大抵は「お試し研究プロジェクト」のようなものをもらい、そのプロジェクトの中で教授に認めてもらう必要があります。人気の教授だと、かなり優秀だと認めてもらえないと受け入れてもらえなかったり、あるいはそもそも学生を取る予算がないからと言われて断られることもあります。 

  2. 理論系の学生だと多くの場合TAが義務として課されることが多いです。MITのCMTだと、TAとRAを交互に繰り返すのが典型的です。 

  3. ここでQualと読んでいるものは、正確にはOral Examと呼ばれているものになります。Core Requirementsとよばれる基本的なコースワークを終えると、Oral Examを受けられるようになります。詳細はMIT Physicsのホームページを参照。